糖度は4度でも
5度でもいい
トマトが美味しけりゃいい
その柔和な表情の奥に、かつてのいかにもやんちゃそうな日々が垣間見える。
「おれ、ギラギラしてたんだよね」
夏期はトマト生産農家を、冬期はスキー、スノーボードのレンタルショップを営む。キャップのつばの上にちょこんと載せたサングラスは本格アスリート仕様。世界の著名なアスリートたちが愛用するオークリー社のものだ。冬場のスポーツとの関連を聞こうとしたが、あっさりとはぐらかされた。
「このサングラスだと、トマトの色がいい感じで見えるんだ」
新井さんは、尾瀬と皇海山からの綺麗な水が流れる環境でぜいたくトマト、桃太郎8、ミニトマト千果、プチぷよ、トマトベリーと全部で5種類のトマトを栽培している、沼田でも名うてのトマトの生産者さん。サングラスではなく、トマトの話を振ると、自分のトマトはパリッとした表面の張りと輝き、旨みの濃さが特徴だと胸を張りつつ、糖度にばかり目を向ける風潮について声を上げた。
「ハウスの中である程度育ってきたら、よく水や栄養をあげないでトマトにストレスをかけて糖度を上げる方法があるんだけどね、あれでも糖度だけは上がるんですよ。でも、それは一時だけ。トマトが美味しく育つわけじゃない。おれはしっかり水も栄養分を吸わせて、ちゃんと育てて美味しいトマトを作っている」
その話を聞いてビニールハウスの中のトマトをいくつも見せてもらった。どれもたしかにテリがあって、すべすべの肌。真っ赤な色合いが美しくて頬ずりしたくなるほどだ。
「食べてみてよ」
屈託なく言う新井さんに導かれ、自分でもいだトマトにかぶりついてみた。表面が本当にパリッとしている。そして中から溢れてくる甘みと酸味に独特の青臭さ、それらが一緒になって旨みに昇華して押し寄せる。これは、未体験の美味しさだ。トマトの持ち味というか、個性とか能力のようなものが生かされていると感じた。おそらく、新井さんのトマトの魅力は野趣を技と心でコントロールしているところにあるのだと思う。だからこそ、糖度偏重の栽培に物申す。
「おれのトマトの糖度は八度とか九度とかだけど、どうでもいいんだ。糖度は四度でも五度でもいい。トマトが美味しけりゃいい」
トマト生産農家の立ち位置ということを考えた。一流店と言われるレストランのシェフやパティシエが糖度の高いトマトを望む傾向はたしかにある。彼らは野菜としてのトマトよりも、自分の料理に華を添える素材としての色や甘みを求めている。彼らがそうやって自分の料理の完成度を上げるアーティストだとすると、新井さんは一個のトマトを完成された料理に見立て、揺るぎない世界を構築しているアーティストだと言えるのではないだろうか。笑い皺がチャーミングなトマト・アーティストは、しかし、溢れんばかりの愛情をトマトに注いでおそらくいつもこう呟いているに違いない。
「美味しく育てよ!」
新井さんにとっては糖度もアートなんてこともどうでもいいことで、わが子のように思って大事に育てたトマトが美味しくなればいいとだけ思っている。だからこそ、無類の完成度の高いトマトができ、顧客が押し寄せるのだろう。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
いのもと園
http://www.inomotoen.net/
認証品:トマト、トマトジュース「尾瀬の朝露」
住所:沼田市利根町園原2011-1
電話番号:0278-56-3771
代表者:新井 英伺