土の中にはいい菌と悪い菌がいる。
土壌消毒すると、
いい菌も死ぬから
おれは土壌消毒はしないんだ。
笛田一男さんの畑は、2000メートル超えの雄大な武尊山の裾野、標高800メートルの丘陵地に広がっている。ひんやりとした空気が心地よい。
かぶに大根、ほうれん草や小松菜も植わっているが、笛田さんと言えば、4色の高原にんじんを栽培していることで地元でも知られている農業家。特に紫にんじんは全国でも栽培している人がほとんどいないとのこと。
いったいどんな工夫をしているのかが気になってお話を伺った。
「紫にんじんは平成15年からだね」
種苗メーカーが紫にんじんの種を開発した。メーカーは産地を作りたくて笛田さんのところも含めて全国の農家10か所に種を持ち込み、試作を依頼したが、笛田さん以外の農家はほぼ全滅だったという。
「なんで俺のとこだけうまくいったのかわからないんだ」
やはり、この高原の気候でしょうか。それとも何かこの特殊な土壌とか肥料とか。
「いや、俺はなんもしていない。でもな、俺は化成肥料は使わないんだよ。土壌消毒もしない。土の中にはいい菌と悪い菌がいるんだけど、消毒するといい菌まで死ぬからな」
そのままを生かし、そのままを使うことでそのまま栽培しているということ。高原野菜の産地は沼田のほかにもいくつもあるが、ほかで紫にんじんが育たず、ここでだけ育ったのはこのそのまま精神によるものではないかと思った。
「紫にんじんはうんと甘いんだ。刻んでかき揚げにすると美味いよ」
笛田さんはそう言いながらふかふかの畑の畦道を歩きながら、不意に屈んで大根をひょいとばかりに2本抜いた。また、もう少し歩いてから今度はかぶを3本抜いた。
ほとんど力を入れていない様子だったが、大根もかぶもすうっと抜けていた。
土が深いところまで柔らかく耕されているのだろう。抜かれた根菜はふっくらと育っており、暗い土の中から解放されて実に気持ちよさそうに見えた。
肝心の紫にんじんはまだ収穫には早く、ビニールハウスの中で黄緑色の葉を思い切り茂らせていた。見た目も味も気になって仕方がない。
「俺んちの野菜は俺と奥さんの二人だけで作っている。だから、うまいよ。持っていって食べてみてよ」
初めてお会いしてすぐに「畑、見るか」と言われ、言われるままに後に続いた。ややぶっきらぼうな言い方と強い意思を感じさせる表情には迫力と同時に多少の怖さもあった。でもぶっきらぼうに感じた物言いは素朴さの表れで、強い表情は自分の農業への決意の表れなのだとわかってきた。
そして、にこやかに大根やかぶを差し出す笛田さんは、自らが栽培した野菜に絶対の自信を持っているのもわかる。野菜を愛で、野菜を語る笛田さんはなんだかとても優しくて嬉しそうに見えた。それがどれほど美味しいかを笛田さん自身が知っているからだ。こういう人が作るものは人を幸せにするに違いないと思った。だから紫にんじんもそれ以外の野菜も、笛田さんを知る人は収穫が待ち遠しいはず。
「宣伝とかは別にしないんだよ。本当にほしい人はここにくるからね」
凛とした空気が笛田さんから発せられた。頬はひんやり、気持ちはほっこり。ここにまたきてみたい。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
編集後記
取材を終えた日の夜、取材チームで食事をしてホテルの部屋で眠りにつこうとしていた。酒の酔いが覚めかかって、ふと空腹を覚えた。笛田さんのかぶが手元にあることを思い出した。軽く洗って泥だけを落としてそのままかぶりついた。しっかりとした歯応えの奥から肉汁ならぬ野菜汁とも言えそうなジュースがどっと流れこんできた。夢中になって咀嚼すれば、口の中はナチュラルな甘さで満たされた。笛田さんの笑顔が浮かんだ。えぐみも辛みも苦味もほぼない、甘くて旨みいっぱいのフルーツのようなかぶ。全く、こんなものを作ってしまう生産者というのがいるんですね!
笛田農園
認証品:二本松の一本でもにんじん
電話番号:0278-53-2389
代表者:笛田 一男