枝豆の一番美味しい状態の
収穫のタイミングは
たった三日しかないんです。
天狗印の枝豆は他の生産地のものに比べて価格が高い。
たまたまスーパーで2種類の枝豆が並べて売られていた。一つは天狗印の神緑(しんりょく)。もう一つは秋田産の普通の枝豆。価格は秋田産のものは神緑の半分以下。
試しに2種類とも買い、同様に塩ずり、洗いを済ませて同時に茹で上げた。
そのあまりの違いにびっくり。秋田のものは香りもなく、甘みもあまりなく旨みをほとんど感じなかった。枝豆であること以外、取り立ててコメントのできない茹で上げた冷凍物を解凍したような品質であった。
これに比べ、神緑はひと口食べると、ふわりとした甘い香りが漂い、噛んだそばから旨みがじわりと押し寄せた。これとこれは全くの別物。
この味の違いが価格に反映されていると考えれば納得だが、そもそも美味しさの差はどこにあるのか。天狗印は何故にこんなに美味しいのか。
「枝豆は環境適応力が高い植物なんです。言い換えると環境変化に敏感、影響を受けやすいということです。だから、理想の土壌環境を作れば健全な枝豆ができると考えたわけです」
と語るのは沼田の多くの枝豆農家を束ね、「天狗印」の商標を持つ塩野商店の塩野昌彦さん。
先々代が大豆品種「鶴の子」を地域に導入して以来、枝豆栽培は幾多の山谷を乗り越えて今に至る。若くして三代目を継承した塩野さんは、夏場の昼夜の寒暖差や霧の影響を受ける沼田が日本有数の枝豆栽培適地であることを踏まえて、栽培方法にこだわり、安全安心にこだわり、食味にこだわり、さらには鮮度にもこだわって地域の農家と切磋琢磨し、若手の農家を指導しながら高い品質の枝豆を生み出してきた。
「契約農家に予冷庫を買ってもらって、収穫してすぐに冷やしてもらうようにしています。枝豆は呼吸量が多いので鮮度が落ちやすい。冷やすことで細胞の活動を抑制して鮮度を保持するんです」
塩野さんという枝豆プロデューサーの下で天狗印の枝豆栽培に従事する農家の人たちの顔が見えてきた。皆、やる気に満ち、プライドを秘め、熱意をこめて栽培にあたっている。そんな様子も目に浮かぶ。美味しい枝豆ができないわけがないとさえ思えてきた。あの神緑が美味しいのは、美味しく仕上げたものを美味しいままに店頭に並べているからなのだ。
しかし、一方で塩野さんの天狗印のブランディングは止まらない。枝豆と茶豆を掛け合わせて、神緑よりも香り高い枝豆、味緑(みりょく)の開発に成功。
さらにもっとも新しい取り組みは「味匠(あじたくみ)」。
優れた品質の枝豆を数年に渡って作り続けた生産者10人を「匠(たくみ)」として位置付け。食味の良い品種と恵まれた環境にある畑を限定。優れた生産者、優れた品種、優れた畑の3つの限定により生まれた枝豆を、現在の天狗印のトップブランド「味匠」として商品化。これにより、競合産地との差別化を越え、生産者の差別化に成功。神緑だけでなく、味緑や味匠の商品化は、生産者の収益向上を実現しただけでなく、モチベーションを著しく上げた。恐るべき手腕である。
「9月の枝豆が一番美味しいんです」
塩野さんは最後にぽつりと呟いた。それが何故なのかは尋ねてはいけない気がした。
土のこと、気候のこと、食味のこと、枝豆という植物のことについて長年の研究成果を塩野さんは実にわかりやすく説明してくれた。だから、それは自分でしっかり考えて答えを出さないといけないと思ったのだ。
真面目で、ちょっとシャイで真っ直ぐな人だと思った。
背負っているのは塩野商店三代目の肩書きだけではなくて、すべての沼田の枝豆農家、引いては沼田市そのもののいわば存在証明のようなものに違いない。
沼田にはりんごがある。はちみつもこんにゃくもある。でも、塩野さんは沼田のアイデンティティーを枝豆で確立させようとしている気がしてならない。そんな野望めいたものが見え隠れする。畑を耕して栽培している生産者ではないけれど、農家と一緒になってもの作りをしているそんなプロデューサーとしての役割の生産者が塩野昌彦さん。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
有限会社塩野商店
http://edamame.co.jp/
認証品:天狗印枝豆「神緑」「味緑」
住所:沼田市下川田町774
電話番号:0278-24-8611
代表者:塩野 昌彦