ぐんま名月の人気で
りんごを食べない若い人が
りんごを食べるようになった
左部正一郎さんの店に入ると、こんな張り紙が目に飛び込んできた。
毎日りんごを食べて健康に!
何軒ものりんご園を取材してきたけれど、店にりんごの健康効果を標語として掲示しているのはほとんど見たことがない。こういうのもある。
1日1個で医者要らず
それは来店客へのメッセージであるとともに、経営する72歳の自身へのエールのように見えた。どこのりんご園もわざわざこういう内容のことを書き出して貼り出したりはしない。それは、恐らく子供の頃からそういうものだと親にも教えられ、自然に感じ取って年月が経つうちに知らず知らずのうちに忘れてしまっているからではないだろうか。
左部さんは畜産加工メーカーの営業職を長年勤め、55歳で退職してりんご園の2代目を継承した。お父様の代で始めて約70年の歴史を持つりんご園。育てている品種はぐんま名月、ふじなど5種類ほどで、りんご王国である沼田の他の園では40種類近くの品種を育てているところもあるので、種類としてはかなり少なめだ。
「育てているりんごの8割はふじ。ふじが一番好きだな」
マスクの上で目が微笑んだ。青森県藤崎町で生まれたふじは1982年以降、生産量が1位。2001年には品種別生産量が世界一にもなった。蜜入りがよく、甘みと酸味のバランスが良い世界でももっとも愛されているりんごの品種の一つ。
「流行り廃りがないように」
定番をしっかり作り続け、しっかり売っていくという姿勢。流行っている品種だからといってすぐには飛びつかない。が、ぐんま名月に関しては別の見方をしている。
「ぐんま名月はすごい人気です。この品種のおかげでりんごを食べない若い人がりんごを食べるようになったんだから」
人気の品種はやらないという職人気質の頑固さはない。サラリーマン時代に営業職をしていたために「作る」ところからではなく、「売る」ところからりんごの世界に入っていると言う。
年齢を超えてりんごそのもののファンを広げるために、人気品種を少しは育てるが、実際に売り上げを作っていくのは長年安定的な人気を持つ品種という構図。その安定的に作っている品種を大切に大切に育てる。樹上完熟を基本として、完熟したらすぐにもいで出荷している。
「小さいりんご園ですからそういう育て方、そういう出荷ができるんです」
左部さんが1本1本の木、1個1個のりんごに寄り添いながら、顔を近づけて完熟の度合いを見極めている様子が目に浮かぶ。目を細め、まるで子や孫の成長を喜ぶように。ああ、この人が「樹上で完熟しないと出荷しない」と言うならば、本当にそうなんだろうなと思わせる厳しさと誠実さのようなものが伝わってくる。
「一生懸命育てたのを送ってお客さんに美味しかったよと言われるのが一番の喜び。そのためにはちゃんといいのを送る。いいのを送らないと次につながらないからね」
店の中の標語のメッセージが一段と輝き出したように見えた。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
味の左部りんご園
認証品:りんご
住所:沼田市奈良町1944-1
電話番号:0278-23-5973
代表者:左部 正一郎