午前2時始業を
1975年から続けています。
早く起きて作らないと
間に合わないので。
沼田市内のJA直売所で、入荷して売り場に並べるとすぐに売り切れてしまうものがある。それはたとえば、甚内もち、かきもち、草大福といった農産加工品なのだが、通年販売しているものが毎日売り切れというのは、いったいどういうことなのだろう。何か特別な仕掛けがあるのか、ないのか。どれほどの美味しさを持つものなら、毎日並んでいてもわざわざ出向いていって買おうと思うのだろう。顧客は概ね地元の方々だというから、農業に携わっている方も多いはず。地場の素材の美味しさを熟知している人たちばかりだ。そういう人たちに向けての加工品となると、最初から開発する際のハードルは相当高い。
「作っても作ってもすぐに売れちゃうんですよ。白いもちを10個作れば10個売れる。20個作れば20個売れる。だから2時に起きて作り始めないと間に合わないの」
2時というのはもちろん午前2時。外が真っ暗の時刻から、甚内茶屋の金子か祢さんは仕事を始める。仕事場に入ってすぐに前日に仕込んでおいたものの仕上げをする。仕上がったらすぐに配達へ。8か所前後ある販売先へは金子さん自身とスタッフ、それに近所の方で商品を届ける。近所の方はご好意でのお手伝いだ。帰宅して食事。
「昼寝はたっぷり。夜は7時半には寝てしまいます」
この暮らしが1975年以降、45年以上にわたって続いているというから、さぞ、ご苦労もあり、疲れもたまっていることだろう。
「そうでもないけどね。働くけどさ、遊ぶんだ。思い切り遊ぶ。よく東京へも遊びに行く。築地で寿司食べたり、銀座をぶらぶらしたり。楽しいね」
そう言って金子さんは屈託なく笑う。そんな様子を見ているだけで、何かとてつもなく温かくて大きなものにくるまれたようなほっとした気持ちになる。
すすめられた出来立ての草大福をその場でいただいた。えっ、あ、なんだ、これ。口の中でよもぎと餅米、餡が心地よく絡み合い、甘くて柔らかくて美味しすぎて言葉を失った。飲み込むと胃の中までほっこりと温まるような不思議な感覚。美味しいですねとだけ言葉を絞り出した。
「美味しいでしょ。愛情こめて一生懸命作っているからね」
愛情なのか。愛情が練り込まれているから、皆毎日食べたくなるのだ。愛情こめてという言葉を聞いたのは実に久しぶり。最近はあまり聞かない。恐らく、食べ物を作る側に余裕がなく、自分や家族らに注ぐ以外の愛情もなくて作るものに愛情をこめたりできないのだと思う。金子さんは違う。愛情の総量が計り知れない。この草大福をまた食べたいと思ったのとほぼ同時に、金子さんにまた会いにきたいと思った。地元の方は毎日金子さんに会いたくて直売所へ足を運ぶのかもしれない。
工房と自宅がある敷地の中に大きな石碑があった。江戸時代、延享から天保年間に生き、武芸の達人であるとともに豪農でもあったご先祖の金子甚内を祀ったものだ。甚内茶屋という屋号も由来はこのご先祖。金子さんが起業を決めて買おうとしていた土地を見に行ったら、そこに白い蛇がいたという。白い蛇は弁財天の化身と言われ、金銭関連の幸運の暗示であり、引いては商売繁盛をもたらすものとして古来より大切にされてきた。金子さんはその土地に農産物直売所の先駆けとなった甚内茶屋をオープンさせただけでなく、「ふるさとの味・懐かしい味」を伝承した加工品の商品化を推進したなどの功績を認められ、平成26年度農産漁村女性・シニア活動、女性起業・経営参画部門で最優秀賞・農林水産大臣賞を受賞している。
「天の恵みなのか、どこへ行ってもみんなが助けてくれるんですよ」
とんでもなく偉くてすごい人なのに偉ぶったりしないし、きついところも気難しいところもない。にこにこして一生懸命愛情を持って仕事に取り組み、時々上京して築地で寿司を食べて銀座で遊ぶ。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
編集後記
金子さんからいただいた自家製の味噌はいい感じで発酵が進んでいた。大豆と麹と塩と、そこに金子さんの愛情がいいさじ加減で添えられている。味噌汁にしてみると、どうということのない具材がグレードアップして美味しく感じた。大鍋の豚汁に仕込んでみたら、温め直すたびに溶け込んでいく野菜や肉の持ち味をしっかり前に出してくれる。いやあ、この味噌は相当ヤバいです。汁物もいいのですが、この味噌、卵かけご飯に最高に合います。おすすめです。今度沼田へ行ったら買ってこないと。
甚内茶屋
認証品:甚内もち、かきもち、草大福、生芋こんにゃく
住所:沼田市利根町千鳥22
電話番号:0278-56-3448
代表者:金子 か祢