こんな美味しい柿、
食べたことがないと
言われるのがうれしいね。
沼田には日本一美しいと言われる河岸段丘がある。
この風光明媚な自然の造作が農作物などにもたらす恵みの豊かさは計り知れない。
しかしながら、自然は時として豊かさを享受してきた人にそっぽを向く。それは農家にとっては死活問題となる。
「こんな美味しい柿、食べたことがないです」
茂木隆正さんの柿には、そう手放しで話す地元のファンも多い。品種は平核無(ひらたねなし)という種なしの渋柿。
果実に袋がけをして一つ一つアルコールを入れて樹上でそのまま完熟させる。
すると柿に含まれている渋みのもとであるタンニンが固まり、黒いゴマのようになって果肉全体に広がる。この渋みが抜けた脱渋状態になってからやっと収穫、出荷となる。
糖度は16度前後とスイーツ並みの甘さ。しゃきしゃきした食感は病みつきになる。まるで黒砂糖をまぶしたような独特の食感と美味しさがあるという。JAの指導で和歌山県の紀の川地域で栽培されている紀の川柿と同じ栽培法を採用していると茂木さんは言うが、紀の川市と沼田では自然条件がかなり違うことを考えれば、紀の川柿の栽培法をベースに茂木メソッドが加えられて独自に進化したと考えるのが自然だろう。
「一番いい時に作業をしないとうまく黒ゴマが入ってくれないんだよね」
茂木さんは試行錯誤を繰り返して、北関東の地で黒ゴマ入りの高糖度の柿を栽培してきた。枝の剪定を注意深く行う。柿の枝は大きめに切ると反発してぐんと伸びてくる。小さく切ると少ししか伸びてこない。このバランスを考えながら、茂木さんは木を一本ずつ仕上げていくという。
化学肥料は使わない。頼みは、太陽エネルギーと大地の恵み。
「冷涼で昼夜の寒暖差が大きい沼田の気象条件があるからこそ、良質な果実ができる」
と茂木さん。
しかし、2021年4月24日朝、茂木さんは圃場に出て愕然とした。柿園の70%が遅霜で大打撃を受けた。
「20年やっているけど、こんなことは初めて。柿を作っている生産者みんなが被害を受けたわけじゃなくてね。高さとか気流の関係とかいろいろが重なってね、おれんところはこのありさまだよ」
伺ったのは6月の上旬。例年であれば蕾がつき、花が咲き始める時期。枝にはぽつりぽつりと蕾がつき、花が開いているものもあったが、心なしかどれも元気がないように見えた。茂木さんは枝をつまんで、「ほら、こんなんですよ」と言いながら元気のない花をあっさりと摘んでいく。その目にはすでに強い光が灯っていると感じた。
自然と闘うのではなく向き合うことで前へ進もうとする強い意志。農業技術センターで霜害対策の指導を受けた。ここにまた独自の茂木メソッドが加えられるのだろう。
次の収穫は大丈夫。食べたことのないくらい美味しい柿、黒ゴマが入っているという茂木さんの柿をぜひ味わってみたい。
「こんな美味しい柿、食べたことがないと言われるのがうれしいね」
小さな柿園という名の農園で、茂木さんは屈託のない笑顔をたたえ、空を仰ぎ、山を愛で、風を感じ、大きくふくらんでいく思いを柿の木に寄せる。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
小さな柿園
認証品:柿
住所:沼田市下川田町5484
電話番号:0278-24-8784
代表者:茂木 隆正