卵を通じてファン会員制度や体験イベント、
Farmers’レストランなど、
農業を軸とした新しい価値提供をめざしています
沼田の市街地を少し離れ、蛇行した道を車で上っていくと、
不意に目の前に緑に覆われた広い小高い丘が現れた。
そこに目指す養鶏場らしき建物と事務棟らしき建物がポツンと立っている。

にこやかに出迎えてくれた田中崇士さんに自然養鶏について伺い、
平飼いの意味について考えた。

これまで見てきた「平飼い」を標榜するほとんどの養鶏場には
大手養鶏場のブロイラーのように一羽ごとのケージこそないものの、
鶏たちが平場でひしめき合い、折り重なっている状態で暮らしている様子を何度も見てきた。
そして思わず顔を背けたくなるような糞尿の強烈な匂いが立ち込めていた。
そういうものだと思っていたが。
ケージに入れず、平場で飼っていれば「平飼い」と言っていいものらしい。
呑気な話だと思うが、まだ、「平飼い」の表示についての厳密な規定はない。

「中に入ってみますか」
田中さんに促されて鶏舎内へ。
足元がふかふかしている。
鶏たちがゆったりと過ごしている部屋へ足を踏み入れたが、なんだか他人の家に土足で踏み込んでいるような申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
ゆったりとした空間の中で鶏たちがそう思わせるくらいのんびりと気持ちよさそうに過ごしていたから。


「臭いがほとんどないでしょう」
そう田中さんに言われて「あ、そう言えば、全然臭くない」。
言われないと気づかないほど臭いがしないのだ。臭いがしない理由は大きく3つ。
一つめは、自然に地面をつついたり、ひっかいたり、砂遊びしたりといった鶏の生理生態に沿った飼い方をしているので、床に酸素が入り、敷き詰めた腐葉土などの発酵が促進されて糞や尿が腐敗せずに分解されるから。
二つめは、鶏舎がすべて南向きで屋根に天窓があるなど環境そのものが消臭システムになっていること。

そして三つめが群馬県産とうもろこし(遺伝子組み換えでない)や京都のごま油の油粕(化学溶剤を使わずに圧搾抽出したもの)、八重山産のクロレラ、ヒマラヤの岩塩など
田中さん自身が現地へ出向いて直接仕入れを行って調合した腸を整える餌を与えているから。






これらはどれも人間が食べても健康になる食材の数々。
抗生物質や防カビ剤などの保存料も加えない。
こうして糞の質が変わり、腐敗しにくく、臭い成分の少ない健康な糞に。だから臭いがない。。。

鶏舎の中にいて、風がすうっと流れていくのを感じた。
取材に伺ったのは8月の半ば。昼間の日差しはここでも強くしっかり降り注いでいたけれど、自然な換気は人にも心地よく感じた。
「鶏は喉が弱いんですよ」
思わず、そうなんですかと聞き返していた。
空気が悪いと体調を崩すことが多いというが、ここではそんな心配はない。
まさにここは鶏の楽園だな。

「効率よりも本物を選ぶという道は決して平坦ではありません。
自然養鶏は天候や気温に左右されるため、一般的なマニュアルは通用しない。
鶏たちの体調や行動を見ながら、毎日判断を重ねていく必要があります。その過程で気づいたのは(鶏も人も環境も、つながっている)ということ。
失敗や試行錯誤の連続こそが、自然の一部として生きることの証だと感じています。
そして、この素晴らしい卵や技術を次の世代へとどうつないでいくかです」

今までは、定期購入のお客様への全国配送が中心。定期のお客様の継続期間が長い分、お客様からの口コミ、ご紹介だけで小規模農場経営としては十分だったが、まさに一部の人のみが知っている「幻の卵」という状況だったという。
しかし、農場設立から30年を迎え農場のスタッフもお客様も同様に年月を重ねており、技術継承や新規顧客の先細りなど近い将来には生産・販売が難しくなる時期が来ることを見越して、ビジネスとして再度成長軌道にのせるためのブランド再構築と認知、販路の拡大を積極的に行っていく。
「こちらも試行錯誤の連続です。日々改善を重ね品質を更に向上させながらも、世に知られていない卵を知ってもらう。この苦労と喜びはとてもワクワクするチャレンジだと感じています」

田中さんにいただいたサンプルの卵を東京に持ち帰り、試食した。
「目玉焼きがいいですね。一番味がわかりやすいかもしれません。塩胡椒しないで焼いてみてください」
言われた通りに焼き上げた目玉焼きを目の前に置き、少し緊張した。
全国に何か所か田中さんのファーム同様に生産方法にこだわった高級卵が存在する。
価格を比べるとその中でもかなり高い方だと思う。
いったい、どんな?
ひと口食べると、自然な塩味がふっくらと口の中に広がっていった。

田中さんは「うちの卵、塩味があるので食べる時に塩はいりません」と言ったけれど、これは塩味だけではないものが溶け込んでいて独特のコクとして醸成されている。
味の濃いだけの卵はあるけれど、そういう濃さとはちょっと種類が違う。
本物の旨味ともいうべきもの。食べ切るのがもったいないくらい大切に感じた。
それは命の連鎖。重くて尊いもの。
田中さんはいつもそんなことばかり考えているのだと思う。すごい卵だな。
「本物の卵を通じて健康と笑顔を社会に広げること。卵や加工品だけでなく、里山の再生や農業体験などを通して、自然と人がともに生きる豊かさを体感できる拠点をつくりたい」
それが自分の使命だと田中さん。

卵もすごいけど、田中さんはもっとすごい。
そんな生産者が沼田にはいるんです。
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取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
田中崇士
認証品:卵(子持生命卵)
住所:群馬県沼田市下川田町5192番地1
ホームページ:自然恵みファームズ
代表者:田中崇士