沼田は高原野菜の栽培に
適した風土、気候。
昼夜の温度差が
食味を豊かにする
吉野浩造さんの畑に案内されて、植わっている大根を見せてもらった。綺麗な緑色で元気よく伸びている葉の下、地面から5〜10㎝ほど根の部分が地表に出ている。根の上の方が薄く緑色に染まる青首大根は、ここでは利根大根として出荷される。
「夏の間は辛みが出るけれど、今頃は甘いんですよ」
取材したのは10月の後半。吉野さんの大根が最後の収穫を迎える頃だった。3.6haの畑で年間14〜15万本の生産量がある。窒素成分は100%有機質肥料を利用し、農薬や化学肥料を極力抑えて栽培している。除草剤には頼らず、基本的には手作業で草むしりをしているというから、大変な手間のかけようだ。群馬県は嬬恋村のキャベツに代表されるように高原野菜の宝庫。吉野さんの畑も標高700〜800メートルの高さにあり、昼夜の温度差が大きく、それが食味の良さを生んでいるとのこと。
「お客様から、今年も美味しいです。ありがとうございますと手紙をもらうことがあります」
吉野さんはそう嬉しそうに言った。群馬県農民運動連合会の会長も務める、群馬県農業界の重鎮でもある吉野さんだが、偉ぶったりするところのない穏やかな紳士だ。近くで牛の鳴き声が聞こえた。
「あれは牛ですね」
「ええ。酪農です。私ももともとはここで乳牛を育てて、酪農をやっていました」
先代から引き継いだものの、大きなコストがかかる酪農を続けていくのは難しいと判断し、酪農に見切りをつけ、たまたま大口の販売先が大根を求めていたこともあり、思い切って大根栽培へとシフトした。20年ほど前のことだ。同じ農業の範疇でも、酪農から大根栽培へのシフトがどれだけ大変なことなのか、素人の頭でもわかる。さまざまな困難、苦難があったことは想像に難くないが、吉野さんはふかふかのよく手入れのされた布団のような畑で眠っている大根を優しい目で見つめるだけだ。そんな苦労のことよりも今が大事と言いたいのかもしれない。
「やっぱり、ご自身で作られた大根は美味しいですか」
「美味しいですね。大根おろしは毎日食べています。煮物にしたり、きゅうりやキャベツを混ぜて辛子漬けにしたり、ぬか漬け、塩漬けにしたり。でも普通ですよ」
吉野さんはちょっと困った顔で応じてくれた。自分で作ったものを自分で食べていて美味しいかと聞かれて、美味しいと答えて自慢しているようで気恥ずかしかったのかもしれない。でも、普通ですよという言葉に農家に生まれ、それを継承してきた人ならではの誇りを感じた。自分で栽培したものを自分で調理して食べるのは普通。土地があって、そこで業態は変わっても農業を続けるのも普通というふうにも聞こえた。
カメラマンのリクエストに応じて、吉野さんは数回にわたって、大根を何本かずつ畑から引き抜いた。利根大根の生産者としてのリアリティを伝えるためだ。大根はすうっと簡単に抜けたが、吉野さんはその時気のせいか少しだけ悲しそうとも、寂しそうともつかない微妙な表情になった。ひょっとすると、その抜いた大根たちは本当であれば、もう少しだけふかふかの土の中で眠っているべき子たちで、仕事のプレゼンテーションとはいえ、早く外に出ることになってしまった切なさのようなものを吉野さんは表情に浮かべたのかもしれない。これは、愛だな。愛情を持って育てている証拠だと思った。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
吉野 浩造
認証品:利根大根
電話番号:0278-56-3072
代表者:吉野 浩造