いいりんごがいつもあるように。
それが観光りんご園としてのこだわりです
阿部喜一郎さんのりんご愛の深さは沼田広しと言えども一、二を争うくらいではないだろうか。
観光りんご園を開いて40年になる。
標高500〜520メートルの地点で15~16種類のりんごを栽培している。
「はるかは黄色くて糖度が20度以上になる。紅玉は料理に使う。インドは昔人気があったけど、今は他の品種が美味しくなって人気がなくなった。味はふじだな……」
品種の話が止まらなくなった。一番好きな品種は何かとたずねてみた。
「ぐんま名月かな。それからふじ、次がはるか。ああ、紅鶴もいいねえ」
りんごは樹上で完熟させる。寒くなってくると完熟し、蜜が入る。
気温がマイナス6度を下回ると実が凍るので収穫する。
自然に逆らわない生産だが、りんごは1種類だけではなかなかいいりんごにはならないという。
「混植していると受粉がうまくいく。いいりんごができる。
いつお客さんが来てもいいりんごがあるようにと心がけている。
それがうちの観光りんご園としてのこだわりですね」
9月の初めから11月の終わり、あるいは年によっては12月に入ってまでいくつもの品種が実りのリレーをする。
真っ赤なものだけでなく、黄色や青色もある。色も味も食感も異なるりんごたちが追いかけ合って、競い合い、豊かに実る。阿部さんの頭の中にはその交響楽のような調べがいつも流れているのだと思う。音だけでなく、色彩や味わいのイメージも伴いながら。
「スリムレッドという品種、知っていますか。これね、ポケットりんごとも言うんだけれど、普通のりんごより小さいんだよね。
30年くらい前に沼田で生まれたんだ。皮がかたくなくてさ、歩きながら丸かじりして食べられるんだよ。味はふじなんだけどね」
阿部さんの目がきらきら輝いている。
「これ、最高なんだよな。このりんごはかっこいいよ。お弁当に入れたりしてさ。
これがヒットしてくれればいいなあ」
実はぐんま名月よりもふじよりも、このスリムレッドが推しなのではと思った。
かつてのようにりんごを丸かじりするシーンは家庭でも映画やドラマの中でもほとんど見られなくなっている。
皮ごとがいけないのか、ワイルドさがいけないのか、歯茎から出血してしまうからなのか、それとも口をしっかり開けて実にかぶりつくような人々の生命力のようなものが弱まっているからなのか。
阿部さんはスリムレッドそのものやその食べ方が脚光を浴びて、りんご丸かじり文化が復活すれば、りんごを食べる需要が増えるとイメージしている。
それ故にりんごへの愛の深さは否応なく深まる。
いろいろな角度でりんごを見て、考え、味わい、食文化やトレンドにまでつなげていって、りんごを農産物からカルチャーへと昇華させようとしているのかもしれない。
にこやかな笑顔の向こうにとてつもなく大きなりんごワールドが広がっている。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材/堺谷徹宏
撮影/高津修、沼田市
デザイン/中川あや
構成/山崎友香
阿部園
https://abeen.red/
認証品:りんご
住所:沼田市中発知町198
電話番号:0278-23-9869
代表者:阿部 喜一郎