手造りにこだわると
余計なものも必要ない。
だって、
そのほうが美味しいから。
奥利根の山々に抱かれた尾瀬の麓の酒蔵へ行った。さほど幅のない入口の脇に巨大な酒林がぶら下がっている。入るとすぐに接客スペースがある。案内されて奥へ進む。予約をすれば、酒造りの見学、利き酒ができる。
「うちは機械をほぼ使っていないので、道具はこれだけなんです」
当主の阿部倫典さんが言う。そう言われて見ると、入口を入ってきてまだ十数メートルしか来ていないのにそこはもう酒蔵だった。ひときわ天井が高く、遮光されているのか薄暗く、年季の入った道具がいくつか静かに横たわっている。夏場だが、ひんやりとしていて心地よい湿度を感じる。道具それぞれが何に使うものなのかを説明されたが、すぐにはその意味を飲み込めない。そこには本当に機械がないからだ。AIでもなんでも最新テクノロジーを採用してなるべく手をかけずに効率的に酒造りをしている蔵が多い中で、これだけの道具では完全に手造りになってしまうではないか。手作業を駆使して、この決して広くはないスペースで日本酒を醸しているということなのか。
「手造りにこだわると余計なものも必要ないんですよ」
手造りだから最新テクノロジーは不要で、結果的に場所をとる巨大な機械がないので広々としてスペースも必要がないのだ。むしろ、手造りだから無駄に広いよりもこのくらいのほうが小回りが利いていいのかもしれない。
阿部さんは柔和な表情を浮かべ、淀みなく話す。日本酒がどれだけ複雑な米の発酵形態を経て醸造されていくか。適温を維持することでいかに酵母が効率的に発酵していくか。お酒の色について、地場の米や水などへのこだわりと徹底した管理、もろみの発酵にサーマルタンクを使わない理由……。優しい声音が耳に心地よい。
利き酒と言いながら、たくさんの種類のお酒をいただいた。阿部さんは同じ銘柄でも条件を変えて造ったものを冷蔵庫の奥から次々と取り出してきて飲ませてくれた。説明を聞いて飲むと納得する。なるほど。また別のをいただいて説明を聞くと、これもまた納得してなるほどと思う。それを繰り返しているうちに次第に夢見心地になってきた。どろどろの液体の中でかろうじて形が残っている蒸した米粒が、ぷくりぷくりと浮かび上がりながら動いている。これはもろみだ。もろみの映像が頭の中に浮かんでいた。阿部さんの話を聞いていると、何故か酵母ももろみも愛しく、可愛らしく思えてきた。阿部さんの言葉からは阿部さん自身が蒸した米や、投入する酵母や、生まれてきたもろみや絞った酒のひと雫に限りない愛情を注いでいることがわかる。そんな温かい思いがいただいたお酒を通して伝わってくるのだ。
この地での酒造りは江戸中期に始まったという。大利根酒造として明治35年に会社が創業し、今に至る。280年以上にわたる匠の技を受け継いでなお、阿部さんは手造りを生かした技を編み出している。そこには効率化された酒造りでは得られない新しい価値が生まれ、進化した技となって次の世代へと継承されていく。単に昔ながらということだけではこの価値は生まれないのだ。
柔らかい言葉の中にときおり、熱いメッセージが加わる。熱く太いものをこの人はずっと胸の内に忍ばせて優しく微笑む。粋な匠だ。
そんな生産者が沼田にはいるのです。
取材:堺谷徹宏、山崎 友香 撮影:高津 修 、沼田市
大利根酒造有限会社
http://www.sadaijin.co.jp/
認証品:GI認証日本酒「左大臣 こしひかり 純米酒」
住所:沼田市白沢町高平1306-2
電話番号:0278-53-2334
代表者:阿部 倫典